子の成仏は親の成仏

盂蘭盆と申すはもと目連尊者の母青提女しょうだいにょと申す人、慳貪けんどんの業によりて五百しょう餓鬼道にをち給ひて候を、目連救ひしより事起こりて候。然りと雖も仏にはなさず。其の故には我が身いまだ法華経の行者ならざる故に母をも仏になす事なし。霊山八箇年の座席にして法華経をたもち、南無妙法蓮華経と唱えて多摩羅跋たまらば栴檀せんだんこうぶつとなり給ひ、此の時母も仏になり給ふ。

四条金吾殿御書

慳貪けんどんは「けちで欲ばりなこと」。
六蔽ろくへいしん(慳貪、破戒、瞋恚しんに(怒り)、懈怠けだい、散乱、愚癡ぐち(無知無明))が、我々の心の中にある清らかな心を覆う六つの悪心。

まず自分自身が法華経に帰依し題目を唱え、仏となって、はじめて父母を救うことができる。

「やすらぎスイッチ」

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